シリーズ〈今月の1冊〉- 2025年10月『ともだちは海のにおい』

10月にはいり、やっと少しずつ秋を感じられるようになってきました。ここ、長崎では秋の大祭“おくんち”のまっさいちゅう。街全体がなんだかウキウキしているように感じられます。
さて、「今月の1冊」は工藤直子さんの『ともだちは海のにおい』(「小さいりんごコース」およそ9~10才)です。この本は、子どものころから「ぶっくくらぶ」会員としてずっと本とは仲良しだった私が、小学校高学年以降少しその距離がはなれていたときに、久しぶりに読書の世界へ戻してくれた、いわば恩人のような存在でもあります。中学生のときでした。
はじめは「青春小説なのかな? どんな話なんだろう?」と思い、手にとりましたが、表紙にはほんわかとした「いるか」と「くじら」…。とても興味を惹かれて読みはじめると、頁をめくる手が止まらなくなったのをよく覚えています。
ではまず、このお話にでてくるふたりについてご紹介しましょう。
最初に読者が出会うのは、いるかです。いるかはぴかぴかの銀色で、口もとはきりりとしています。お茶をするのが好きで、体操をするのも好き。そして、くじらにあたまをなでてもらうのも好き。
一方、くじらは黒くてツヤツヤで大きな山のようですが、目もとが優しく、自分で詩や小説を書くのが好き。おしゃれやビールを飲むのも好き。そして、ふたりに共通しているのはお互いを大好きだということ。
そんなふたりが出会ったのは、月がなく、無数の星が輝いている夜。眠れずに夜の散歩をしていたいるかはこんなことをつぶやきます。
「さびしいぐらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとお茶を飲みたくなる」
そうして泳いでいると頭に何かがあたります。そしてその黒いかべのようなものが、こうつぶやくのが聞こえます。
「さびしいぐらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとビールを飲みたくなる」
ビールが飲みたくなるところは違うけどぼくと一緒だと思ったいるかが声をかけ、ふたりの友情が始まります。
心に残っている場面をあげるとキリがないのですが、“マリンランドへいく いるか”という章が私はとても好きです。マリンランドの人たちとも交流があるいるかが「すてきなともだちができたことも、みんなにはなしたよ」とくじらに話すのですが、どんなふうに自分のことを話してくれたのかを嬉しそうに、恥ずかしそうにメモをとりながら聞くくじらと「ぼく、いいともだちがいて、ほこらしかったなあ」とまっすぐに喜んでいるいるか。お互いに相手のことを心から想い合う関係が眩しくて、なんとも微笑ましくて、こんな友だちができたらいいなあと憧れました。
また、この本は、物語だけではなく詩やどちらかのメモや日記、手紙など、いろんな形式で書かれているのも魅力です。
工藤直子さんの文章は、登場人物を身近に感じてしまうような親しみやすさがあります。でもそのなかに印象深い言葉があり、その瞬間に感じた想いごと心に留めておきたくなる文章がたくさんでてくるのです。そして読み終わったあともしばらくこの世界に浸っていたいと思ってしまう余韻もあります。
教科書などでも有名な工藤直子さんですが、未読の方がいらっしゃったら、ぜひこちらも読んでみてください。そして気に入った方は、ライオンとかたつむりとろばが登場する『ともだちは緑のにおい』(工藤直子/作 長新太/絵 理論社)もありますので、こちらもどうぞ。
さて冒頭でも述べたように、今日は10月8日。長崎くんちでは中日(なかび)といい、祭りが盛りあがる日です。「しゃぎりの音色を聞きながら、街中をぶらぶら散歩してみようかな、だし物に出会えたらいいな。」とすでに頭のなかはおくんちでいっぱいです(笑)。
(担当:A)
『ともだちは海のにおい』
工藤直子/作
長 新太/絵
理論社
「童話館ぶっくくらぶ」での配本コース ▶「小さいりんごコース」(およそ9~10才)
この記事をシェアする
